磯焼けの元凶が、なぜ商品になるのか
全国の沿岸で藻場を消失させる磯焼けの主な原因の一つが、増えすぎたウニの食害です。海藻を食べ尽くしたウニは、皮肉なことに自らも餌を失い、身入りの悪い「痩せウニ」となって海底に居座り続けます。中身がほとんど入っていないため商品価値がなく、漁師が獲る理由もない。かくして「売れないウニが藻場の再生を妨げ続ける」という悪循環が、日本中の磯で固定化してきました。
この構図を逆転させる発想が「ウニの再生畜養」です。駆除対象でしかなかった痩せウニを海から取り上げ、陸上の水槽や港内の生け簀で餌を与えて数か月育て直すと、身入りが回復して商品価値のあるウニに生まれ変わります。駆除コストを掛けて捨てていたものが収益源に変わるため、磯焼け対策の経済構造そのものが変わるのです。
再生畜養の仕組みと事業モデル
再生畜養の基本フローは、(1)磯焼け海域からの痩せウニの回収、(2)陸上養殖施設や漁港内での畜養、(3)給餌による身入りの回復(おおむね2〜3か月)、(4)水産流通・飲食店への販売、という4段階です。餌にはキャベツなどの野菜、加工残さ、専用配合飼料などが使われ、地域の未利用資源を餌に転用する工夫が各地で生まれています。規格外野菜や食品工場の副産物を餌に使えば、餌代の圧縮とフードロス削減を同時に実現でき、地域循環の物語としても発信力があります。
収支の目安を考えると、痩せウニの回収は磯焼け対策事業の一環として行われることが多いため、畜養事業者は原料を比較的低コストで確保できます。一方で、出荷可能な身入りに達する歩留まりと、ムラのない品質を安定させることが難しく、ここが事業者の技術力の差になります。ウニは殻付き・むき身・加工品と出荷形態によって単価が大きく変わるため、地元飲食店との直接取引や観光需要と結び付けた高単価販路を確保できるかどうかも、採算ラインを左右します。
事業性のカギは、回収・畜養のコストと販売単価のバランスにあります。ウニは高級食材であり、身入りさえ回復すれば高い単価が見込めます。一方で、歩留まり、餌代、水槽の維持費、そして出荷時期の見極めが収益を左右します。単独の水産事業として成立させるだけでなく、藻場再生事業の一部として自治体の磯焼け対策予算や企業協賛と組み合わせる「ハイブリッド型」の資金設計が現実的だとされています。
国内外のプレーヤー動向
この分野の先駆者として知られるのが、世界各地でウニ畜養事業を展開するウニノミクスです。同社は磯焼け海域の痩せウニを買い取り、陸上施設で畜養して高品質なウニとして出荷するモデルを確立し、国内でも複数の拠点を展開してきました。地域の漁協や自治体と連携し、磯焼け対策と水産業の収益化を一体で進める枠組みは、後続プレーヤーのモデルケースになっています。
各地の漁協や水産会社も、小規模ながら独自の畜養事業を立ち上げています。廃校のプールや使われなくなった養殖施設を転用する低コスト型、観光市場と直結させて付加価値を高める直販型など、地域資源に応じたバリエーションが広がっています。また、ガンガゼなど食用に不向きとされてきた種を飼料や肥料の原料として活用する研究も進んでおり、「除去したウニを余さず使う」方向へ裾野が広がりつつあります。
自治体の関与も広がっています。磯焼け対策予算でウニ除去を支援してきた沿岸自治体が、除去後の活用先として畜養事業を誘致したり、ふるさと納税の返礼品に再生ウニを採用して販路を後押ししたりする例が出てきました。漁協・畜養事業者・自治体・企業スポンサーが役割分担する四者連携は、単独では採算が厳しい小規模海域でも事業を成立させる枠組みとして注目されています。
藻場再生・ブルーカーボンとの相乗効果
再生畜養が注目されるもう一つの理由は、ブルーカーボンとの相乗効果です。ウニ除去は藻場再生の最重要工程の一つであり、除去後の海域では海藻の回復が進み、CO2吸収量の増加分がJブルークレジットの認証対象になり得ます。つまり、ウニ畜養ビジネスは「クレジット創出の前工程」を収益化する事業と位置付けることができます。
実際、藻場再生プロジェクトの現場では、ウニ除去の人手と費用の確保が慢性的な課題です。除去したウニが売れるようになれば、除去作業そのものに経済的な推進力が生まれ、プロジェクトの持続性が高まります。漁業者にとっては閑散期の副収入、企業にとっては地域連携ストーリー、海にとっては藻場の回復と、三方良しの構造が成立するのです。
消費者への訴求という面でも、再生ウニは強いストーリーを持っています。「海の環境再生から生まれたウニ」という来歴は、単なる高級食材とは異なる付加価値であり、サステナブルシーフードを求める飲食店や小売にとって扱う理由になります。産地・畜養方法・藻場再生への貢献をトレーサビリティとして示せれば、価格競争ではなく価値競争で選ばれる商品になり得ます。
課題と今後の展望
課題も明確です。第一に、畜養の歩留まりと品質の安定化には技術と経験が必要で、産地ごとのノウハウ蓄積が途上であること。第二に、ウニの回収は潜水作業に依存するため、担い手の確保と安全管理が制約になること。第三に、販路開拓では既存のウニ流通との競合や品質評価の確立が求められることです。
それでも、磯焼け対策・水産振興・脱炭素という3つの政策課題に同時に応える再生畜養は、沿岸ビジネスの中でも特に注目度の高い領域です。Jブルークレジット市場の拡大とともに「ウニを獲ることが海を再生し、収益にもなる」というモデルが標準化すれば、全国の磯焼け海域は一転して事業機会の宝庫になる可能性があります。藻場再生の全体像については、藻場再生プロジェクトのレポートも併せてご覧ください。