本ページでは、ブルーカーボンの実働部隊とも言える海藻養殖ビジネスの現況を報告します。昆布・ワカメ・海苔という三大品目の生産動向、品目別の事業特性、陸上養殖など新規参入の形態、そしてCO2吸収源としての価値までを整理します。

海藻養殖市場の現況

日本の海藻養殖は、海苔・ワカメ・昆布を中心に年間30万トン超(生重量ベース)の生産規模を持つ、世界有数の歴史ある産業です。世界に目を向けると、海藻生産の9割以上は中国・インドネシア・韓国などアジアの養殖によるもので、世界市場は食用に加え、飼料・肥料・化粧品・バイオ素材への用途拡大を背景に年率7%前後の成長を続けています。

一方、国内生産は漁業者の高齢化と後継者不足、海水温上昇による生育不良で長期的には減少傾向にあります。ここに脱炭素の潮流が重なったことで、状況は変わりつつあります。海藻養殖が「食料生産」と「CO2吸収」を同時に実現するブルーカーボン創出手段として再評価され、異業種からの参入、スタートアップの技術革新、大手企業との連携が相次いでいるのです。2025年12月には、海藻スタートアップのシーベジタブルが日本郵船の支援を受けて秋田県男鹿市で「養殖藻場」の実証を開始するなど、養殖とクレジット創出を一体化する動きが本格化しています。

昆布養殖の特徴

昆布は北海道・東北の冷たい海を主産地とする大型海藻で、養殖には1〜2年のサイクルを要します。成長すると数メートルに達する大きな藻体は、単位面積あたりのCO2固定量が大きく、ブルーカーボンの観点で最もポテンシャルの高い品目とされています。

だし・食用昆布としての国内需要は堅調ですが、近年は海水温上昇の影響で天然・養殖とも生産量の減少が続いており、産地では高水温耐性のある種苗の開発や養殖適地の見直しが進められています。欧米では昆布類(ケルプ)の大規模養殖を炭素除去(CDR)手段として位置付けるスタートアップへの投資が活発で、日本の養殖技術に対する国際的な関心も高まっています。

ワカメ養殖の特徴

ワカメは三陸(岩手・宮城)と鳴門(徳島)を二大産地とする、養殖化率がほぼ100%の品目です。秋に種苗を沖出しし、冬から春にかけて収穫する約半年の短いサイクルが特徴で、初期投資が比較的小さく新規参入のハードルが低い品目とされています。

成長が非常に速いワカメは、短期間で大量のCO2を吸収します。収穫されずに海中へ供給される藻体の一部が海底へ堆積することによる炭素貯留も研究が進んでおり、養殖ワカメの藻場をブルーカーボンとして評価する取り組みが三陸沿岸などで始まっています。震災復興以降、生産者の組織化・ブランド化が進んだ地域基盤も、企業連携型プロジェクトの受け皿として機能しています。

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海苔養殖の特徴

海苔は有明海・瀬戸内海・東京湾などを主産地とする、生産金額で国内海藻類最大の品目です。板海苔として加工・流通する産業構造が確立しており、養殖から加工・入札・商社流通までのバリューチェーンが最も成熟しています。

ただし近年は、海水温上昇による作期の短縮と、栄養塩不足による「色落ち」が深刻で、不作年には供給不足から価格が高騰する状況が続いています。このため産地では、沖合の栄養豊富な海域へ養殖場を移す沖合化、高水温耐性品種の開発、陸上採苗技術の高度化といった適応投資が活発です。環境変化への適応という点で、海苔は海藻養殖ビジネスの課題と技術革新が最も先鋭的に現れている品目と言えます。

品目別の事業特性比較

三大品目の事業特性を比較すると、参入形態の検討材料になります。

品目 主産地 養殖サイクル 事業特性 ブルーカーボン適性
昆布 北海道・東北 1〜2年 大型藻体・だし需要が安定 藻体が大きく固定量大
ワカメ 三陸・鳴門 約半年 回転が速く参入障壁が低い 成長速度が速く吸収効率が高い
海苔 有明海・瀬戸内海 秋〜春(複数回収穫) 加工・流通が最も成熟 色落ち対策と両立が課題

国内海藻類の生産構成イメージ(生重量ベース)

海苔類
約5割
ワカメ類
約2〜3割
昆布類
約2割
その他海藻
数%

※農林水産統計等をもとにした概算構成イメージです。年により変動します。

新規参入の形態

海藻養殖への新規参入は、大きく3つの形態に分類できます。

第一に、陸上養殖型です。水槽で環境を制御して海藻を育てる方式で、天候や磯焼けの影響を受けず、青のり・スジアオノリなど高単価品目で事業化が進んでいます。シーベジタブルは地下海水を使った陸上栽培と海面栽培を組み合わせ、絶滅危惧的な状況にある在来海藻の生産を復活させたことで知られます。

第二に、海面協業型です。漁協や既存の養殖業者と組み、資本・販路・技術を持ち込んで既存漁場の生産を拡大する形態で、漁業権の調整を漁協との連携で解決できる現実的な参入路です。

第三に、大規模沖合型です。洋上風力発電の海域と組み合わせるなど、沖合の広大な海面で機械化された海藻養殖を行う構想で、オランダの洋上風力発電所内では2025年に世界初の商業規模海藻養殖場が初収穫を達成しました。国内でも実証段階の取り組みが始まっており、次の10年の主戦場と目されています。

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CO2吸収源としての価値

養殖海藻のブルーカーボンとしての評価は、藻場再生に比べるとまだ発展途上ですが、着実に前進しています。養殖ロープに繁茂した海藻から海中へ放出される難分解性有機炭素や、収穫されず海底に堆積する藻体の炭素貯留効果が定量化されつつあり、「養殖藻場」としてJブルークレジットの認証を目指すプロジェクトも登場しています。

食料・素材としての売上にクレジット収入が上乗せされれば、海藻養殖の事業採算は大きく改善します。海藻の新しい用途開発については、ブログ記事「海藻由来素材の新市場」でも詳しく取り上げていますので、併せてご覧ください。

養殖技術の革新と生産現場の変化

海藻養殖の現場では、担い手不足と気候変動という二重の制約に対応するため、技術革新が急速に進んでいます。ここでは生産現場を変えつつある主要な技術トレンドを報告します。

まず種苗生産の高度化です。昆布やワカメでは、配偶体(種にあたる微細な世代)を陸上で培養・保存するフリー配偶体技術により、優良な形質の株を年間を通じて計画的に生産できるようになりました。高水温に強い株、成長の速い株を選抜して種苗化することで、海水温上昇への適応と収量の安定化を同時に図る取り組みが各産地で進んでいます。シーベジタブルのように、地下海水を利用した陸上培養で希少な在来海藻の種苗生産を事業化した例は、その到達点と言えます。

次に生産工程の省人化です。種付け・沖出し・収穫は依然として人手のかかる作業ですが、作業船の機械化、ロープ巻き上げ装置の改良、ICTブイによる水温・塩分・流速の常時監視などにより、少人数での管理面積は着実に広がっています。養殖環境データを蓄積して生育予測に活かすスマート養殖の実証も始まっており、経験と勘に依存してきた生産管理のデータ化が進行中です。

さらに販路と加工の変革も見逃せません。従来の乾物・食品流通に加え、素材用途(バイオスティミュラント・飼料・化粧品原料など)への直販、ふるさと納税やD2Cによる消費者直結、飲食チェーンとの契約栽培など、出口の多様化が生産者の価格交渉力を高めています。生産・加工・販売を一体化した6次産業化に、脱炭素の文脈でクレジット収入が加わる構図は、海藻養殖ビジネスの収益モデルを根本から変えようとしています。

これらの技術革新は、新規参入企業にとっての参入障壁を下げる方向にも働きます。種苗・資材・ノウハウを外部から調達できるようになったことで、養殖未経験の企業でも、漁協や技術ベンダーと組めば事業を立ち上げられる環境が整いつつあるのです。

よくある質問(海藻養殖編)

Q. 異業種から海藻養殖に参入する場合、漁業権はどうなりますか?

海面での養殖には区画漁業権などが必要で、多くの海域では漁協が管理しています。現実的な参入方法は、漁協・既存養殖業者との連携(共同事業、技術・資本提供)か、漁業権の不要な陸上養殖です。2018年の漁業法改正で企業参入の門戸は広がりましたが、地域との合意形成が実務上の前提であることは変わりません。

Q. 海藻養殖はどのくらいの初期投資が必要ですか?

品目と規模によって大きく異なります。ワカメの小規模海面養殖であれば船・ロープ・種苗などで比較的小さく始められる一方、陸上養殖は水槽・ポンプ・温調設備などで規模に応じた設備投資が必要です。いずれも販路の確保が採算の生命線であり、生産計画と出口戦略をセットで設計することが重要です。

Q. 養殖した海藻はブルーカーボンとして認証されますか?

収穫して食べた分の炭素は貯留にはなりませんが、養殖藻場から海底へ供給される藻体や溶存有機炭素の貯留分を評価する研究と制度整備が進んでいます。「養殖藻場」としてクレジット認証を目指す実証も始まっており、今後の方法論の拡充次第で、養殖とクレジットの一体化はより一般的になる見込みです。

Q. 気候変動で養殖適地は変わりますか?

海水温の上昇により、昆布など冷水性の海藻は適地の北上が指摘されています。産地では高水温耐性の種苗開発、作期の調整、品目転換などの適応が進んでおり、長期の事業計画では海況変化のシナリオを織り込むことが不可欠です。