素材としての海藻が注目される背景
海藻と聞けば、味噌汁のワカメや板海苔を思い浮かべる方が多いはずです。しかし現在、世界の海藻ビジネスの成長を牽引しているのは、食卓の外側にある「素材」としての用途です。海藻は成長が速く、農地も真水も肥料もほとんど必要とせず、育つ過程でCO2を吸収します。原料としてこれほど環境負荷の低いバイオマスは他になく、脱炭素・脱石油の潮流の中で、農業資材・飼料・プラスチック代替素材の原料として一気に注目度が高まりました。
世界の海藻市場は年率7%前後で成長を続けており、その成長分の多くを非食用用途が占めると見られています。日本は海藻の養殖技術と食文化の蓄積で世界有数の位置にありながら、素材用途の産業化では欧米や東南アジアの後塵を拝しているのが現状で、逆に言えば大きな伸びしろが残されています。
農業を変えるバイオスティミュラント
素材用途の中で最も市場が立ち上がっているのが、海藻由来のバイオスティミュラント(生物刺激剤)です。海藻の抽出物には、植物の根の張りや養分吸収を促し、乾燥や高温といったストレスへの耐性を高める働きがあるとされ、肥料でも農薬でもない「第三の農業資材」として世界的に市場が拡大しています。
気候変動で異常気象が常態化する中、作物のストレス耐性を高める資材への需要は構造的に伸びています。欧州ではすでに規制枠組みが整備され、大手農業資材メーカーが相次いで海藻抽出物製品を投入しました。国内でも、養殖海藻や未利用海藻を原料とした国産バイオスティミュラントの開発が始まっており、海藻養殖の新しい出口として期待されています。
日本の農業現場でも、猛暑による生育障害や水稲の高温障害への対策資材として海藻抽出物への関心が高まっています。既存の肥料流通に乗せやすいこと、有機農業でも使いやすいことから、農協系・肥料メーカー系の販路と組み合わせた展開が現実的で、海藻産地と農業産地を結ぶ新しいサプライチェーンが生まれつつあります。
牛のげっぷを減らす飼料添加物
やや意外な用途として世界の注目を集めるのが、家畜向けの飼料添加物です。カギケノリという紅藻類を牛の飼料にごく少量混ぜると、消化の過程で発生するメタン、いわゆる「牛のげっぷ」を大幅に削減できることが研究で示され、豪州や北欧のスタートアップが商業生産を進めています。
メタンはCO2の約28倍の温室効果を持ち、畜産由来の排出は世界の温室効果ガスの相当部分を占めます。飼料添加物によるメタン削減はカーボンクレジットの対象にもなり得るため、「海藻を育てて畜産の排出を減らす」という海と陸をまたいだ脱炭素ビジネスが成立しつつあります。日本国内でもカギケノリの陸上養殖や近縁種の研究が始まっており、海藻養殖業にとっては高単価が見込める新品目として関心が高まっています。
実装への課題は、原料の安定供給と有効成分の安定化、そして飼料としての安全性・有効性の確認です。カギケノリは繊細で大量培養が難しいとされてきましたが、陸上培養技術の進歩で商業生産の道筋が見え始めました。飼料規制への適合や畜産現場での給餌オペレーションなど、実用化には畜産側との連携が不可欠であり、海と陸の異業種連携こそがこの市場の参入条件と言えます。
バイオプラスチックとパッケージ
海藻多糖類(アルギン酸、カラギーナン、寒天質など)を原料とするフィルム・パッケージ素材の開発も活発です。海外では海藻由来の可食フィルムや水に溶ける小袋、レジ袋代替素材などが製品化され、使い捨てプラスチック規制の強い欧州を中心に採用が広がっています。土に還るだけでなく海に流出しても分解される点は、海洋プラスチック問題への回答として説得力があります。
コストと耐久性の面で従来プラスチックとの差は残るものの、規制強化と企業の脱プラ目標が追い風となり、用途を絞った実装が進む段階に入りました。原料となる海藻の安定調達がボトルネックとされており、ここでも大規模な海藻養殖の拡大が前提条件になります。
このほか、昆布やモズクに含まれるフコイダンやフコキサンチンといった機能性成分は、健康食品・化粧品の原料として既に確立した市場を持っています。素材ビジネスの実務では、まず高単価の機能性成分で収益を確保し、残さを飼料・肥料へ多段的に活用する「カスケード利用」の設計が、海藻バイオリファイナリーの現実的な出発点とされています。
ブルーカーボンとの接点と展望
素材ビジネスとブルーカーボンは、海藻養殖という同じ土台の上に立っています。養殖海藻は育つ過程でCO2を吸収し、その藻場が「養殖藻場」としてクレジット評価の対象になる可能性があります。さらに、収穫した海藻が長寿命の素材として社会に留まれば、炭素はその分だけ長く固定されます。つまり素材用途の拡大は、海藻のバリューチェーン全体の炭素価値を高める方向に働くのです。
食用需要だけでは頭打ちだった海藻養殖に、資材・飼料・素材という複数の出口が加わることで、事業としての採算ラインは大きく変わります。クレジット収入も含めた「多収益型の海藻ビジネス」は、沿岸地域の新しい産業モデルとなる可能性を秘めています。海藻養殖ビジネスの全体像は海藻養殖ビジネスのレポートで、市場の将来像は将来展望で詳しく報告しています。