岡部の多段式海面養殖が変えるブルーカーボン事業と海士町の漁業の未来

岡部の多段式海面養殖が変えるブルーカーボン事業と海士町の漁業の未来

ニュースの概要

岡部株式会社が、環境省のブルーカーボン等大規模実証プロジェクトに採択されました。島根県海士町の沿岸を舞台に、海面を平面的に使う従来の養殖方法から一歩進み、海藻を上下方向に配置する多段式海面養殖を3年間検証します。海藻の種苗生産技術や育成基質を組み合わせ、地元漁協とともに、海藻の生産性と二酸化炭素吸収を両立させる計画です。単なる設備実験ではなく、地域の漁業者が運用できる仕組みとして定着させ、環境価値の創出と水産業の収益改善を同時に実現できるかが焦点になります。

引用元: 岡部株式会社、環境省のブルーカーボン大規模実証に採択 多段式海面養殖でCO2固定強化へ(ブルーカーボン.jp)

分析・見解

海面を「立体的な生産空間」として使う発想の転換

今回の実証で重要なのは、海藻を増やすこと自体よりも、限られた海面を立体的な生産空間として捉え直した点です。従来型の海面養殖は、ロープやいかだを水平方向に広げるため、利用面積が広がるほど航路や漁場、景観、漁具管理との調整が難しくなります。一方、海の深さごとに海藻を配置できれば、光の量や水温、流れ、栄養塩の違いを利用して、同じ海面でも複数の生育条件を試せます。陸上施設のように建屋を増やさず、既存の海域を上下に使う発想は、沿岸部の土地に制約が多い日本に向いています。

段数を増やしても二酸化炭素の固定量は比例しない

ただし、段数を増やせば二酸化炭素の固定量が比例して増えるわけではありません。上の層の海藻が光や栄養塩を先に使ってしまうと、下の層の成長が鈍る可能性があります。季節風や台風による係留設備への負荷、海藻同士の接触、魚や付着生物による食害も、平らに並べる養殖より複雑になります。したがって評価の中心は設備の段数ではなく、単位面積あたりの成長量、収穫量、維持管理にかかる時間、破損率、そして固定した炭素がどこへ移動したかを一体で測ることになります。

炭素の行方を追跡する仕組みが事業の信用を左右する

ブルーカーボン(=海の生き物による二酸化炭素の吸収・貯留)の価値を社会に届けるには、海藻が成長したという事実だけでは足りません。収穫後に食品や飼料に使った場合、分解や燃焼によって二酸化炭素が再び大気へ戻る可能性があります。反対に、長く使われる素材への加工や、海底へきちんと移った炭素を評価するなら、測る範囲と計算方法をはっきりさせなければなりません。種苗の投入量、海藻の湿った重さと乾いた重さ、炭素を含む割合、収穫後の用途、設備からの流出量を追う仕組みが、事業の信用を左右します。環境価値を販売する構想があるなら、第三者が計算をやり直せる記録を最初から設計する必要があります。

保全と漁業を切り分けず、地域運営まで含めて実証する

ここで見落とせないのが、海藻養殖を単独の炭素吸収設備にしないことです。海藻は魚介類の生息場所になったり水質を改善したりする可能性があり、漁場の生産力を支える役割も担います。多段式の構造を海藻の列だけで埋めるのではなく、魚の回遊や作業船の通り道を確保しながら配置できれば、養殖と漁獲の対立を抑えやすくなります。これは、保全区域だけで藻場を再生する方法と違い、収穫という経済活動を組み込める点が特徴です。保全と利用を切り分けず、漁業者が管理する生産設備として藻場を扱うことが、続けていくための鍵になります。

海士町での3年間は、技術の優劣だけでなく、地域運営の実証でもあります。漁協がどの作業を担い、企業がどの工程を支え、収益と環境価値をどの比率で分けるのか。荒天時の撤去判断、漁船との調整、漁具の更新費用、収穫物の販売先まで決めなければ、実証が終わったあとに設備だけが残る恐れがあります。逆に、海藻の販売収入と環境価値を別々の収益源として設計できれば、市況の変動を吸収する新しい沿岸事業になり得ます。今回の独自性は、海面を増やせない地域でも、深さと季節を組み合わせて生産性を高める余地を示したことにあります。成果の基準は最大収量ではなく、漁業者が無理なく続けられる一海面あたりの利益と、検証できる炭素削減量です。

ビジネスへの影響

誰が何年管理できるかが最初の判断基準になる

企業の意思決定者が最初に確認すべきなのは、海藻を育てられるかどうかではなく、誰が何年にわたって管理できるかです。多段式設備は海面を有効に使える一方、係留、点検、収穫、清掃、台風前後の対応が増えます。導入前には、通常の年だけでなく荒天の年の修繕費と停止日数を含めた総保有費用を試算し、平らに並べる養殖や陸上設備と比較する必要があります。採算を評価するときは、海藻の販売収入、環境価値、補助制度を分けて計算し、環境価値が得られない場合でも事業を維持できるかを確認するのが安全です。

収穫物の販路を複線化し、企業と漁協の役割を明確にする

食品、飼料、化粧品、素材など、収穫物の販売先を先に複数用意しておくことも重要です。一つの買い手だけに頼ると、品質の規格や価格が変わったときに実証全体が揺らぎます。企業が参画する場合は、種苗、育成の土台、計測機器、保守、加工、販売のどの工程で強みを持つのかをはっきりさせ、漁協には現場の知識と海域調整への対価を還元する契約が必要です。

月次データと第三者確認が環境価値の調達先選びを左右する

金融機関や取引先に成果を示すには、設備の写真だけでは足りません。海域ごとの成長量、作業時間、事故や破損の履歴、二酸化炭素固定量の計算根拠を毎月記録し、第三者が確認できる状態にしておくべきです。将来、環境価値を調達する企業が増えれば、単に固定量が大きい案件よりも、データの継続性と地域の合意が確認できる案件が選ばれます。海士町の実証は、技術を売る場であると同時に、沿岸地域で環境価値を発行するための運用の標準を作る場になるでしょう。

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