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海藻養殖の炭素除去は本物か、過大評価を戒める論点

海藻養殖の炭素除去は本物か、過大評価を戒める論点

ニュースの概要

海洋専門メディアが、海藻養殖を気候対策の切り札とみなす風潮に待ったをかける論考を公表した。海藻は成長中に二酸化炭素を取り込むが、その炭素がすべて長く海に残るわけではない。枯れたり食べられたりすれば分解が進み、一部は再び大気へ戻る。さらに、収穫した海藻を深海に沈めて隔離する構想については、沈んだ先でどれだけ残るのか、底の生き物や水質にどんな影響が出るのかを裏づける観測が足りないと指摘する。検証が不十分なまま事業を広げれば、実態の伴わない環境訴求、いわゆるブルーウォッシングにつながりかねないという警告である。

引用元: 海藻養殖は本当に炭素を除去できるのか、科学的限界とリスクを検証(The Ocean Economist)

分析・見解

吸収した炭素が残るとは限らない、という出発点

海藻は光合成で大気中の二酸化炭素を取り込み、体をつくる。ここまでは事実である。問題はその後だ。海藻の体は柔らかく、分解されやすい。陸の森林なら幹や土壌に炭素がとどまるが、海藻は秋から冬に葉の先がちぎれ、微生物に食べられ、数週間から数か月で多くが二酸化炭素に戻る。

したがって「育てた量=除去した量」とは言えない。実際に気候へ効くのは、数百年単位で大気と切り離された炭素だけである。この差が、論考の中心的な論点だと読める。

深海に沈める手法が抱える三つの未知数

収穫した海藻を深海へ沈める案は、分かりやすい。だが検証すべき点が三つある。一つ目は、沈んだ海藻が途中で分解されず底まで届くかどうか。二つ目は、堆積した先で本当に長期間とどまるかどうか。三つ目は、有機物が急に増えた海底で酸素が減り、生き物に悪影響が出ないかどうかだ。

どれも小規模な実験では結論が出にくい。海流や水温で結果が変わるため、ある海域のデータを別の海域へそのまま当てはめられない。測れないものを「除去量」として売れば、買い手は実態以上の効果を信じてしまう。

養殖そのものがもたらす副作用も見落とせない

大規模な養殖は、周辺の栄養塩(=海藻や植物プランクトンの養分となる窒素やリン)を吸い上げる。局所的には水質を整える面もあるが、広域で見れば餌となる微細藻類を奪い、貝や小魚の成長に響く可能性がある。外来種や病気の持ち込みという懸念も残る。

一方、アマモ場や藻場の保全は、堆積物に炭素が長くたまる点で性格が異なる。同じブルーカーボンでも、残りやすさは生態系ごとにまるで違う。養殖海藻の吸収量を藻場や干潟と同じ物差しで並べること自体が、数字を甘く見せる原因になりうる。

日本の制度は「過大評価を避ける設計」を先取りできるか

日本ではJブルークレジットのように、藻場の面積や吸収量を第三者が確認して認証する仕組みが動いている。ここで効いてくるのが、測り方と確認の手順だ。養殖海藻をどこまで対象に含めるか、収穫後の行き先をどう扱うかで、クレジットの信頼性が決まる。

今後は、観測の精度を上げる研究と、控えめな数字を採用する制度設計が並行して進むはずだ。派手な数字を競う段階から、確実に残る量を積み上げる段階へ移れるかが、市場の分かれ目になる。

ビジネスへの影響

買い手は「何年残る炭素か」を必ず確認する

企業がカーボンオフセットとして海藻由来のクレジットを検討するなら、まず炭素が何年とどまると見込まれているかを確認したい。収穫後に食品や肥料へ回れば数か月で大気に戻りうる。算定の前提が書かれていないクレジットは、価格が安くても割高になりかねない。

契約前には、吸収量の算定式、分解や再放出の控除の有無、第三者の確認を受けた範囲の三点を、書面で求めるとよい。サステナビリティ報告に載せる際も、数字の根拠を説明できる状態にしておくべきだ。

漁業者や事業者は「副産物の価値」で勝負する

海藻養殖を手がける側にとって、炭素の売却益だけに頼る計画は危うい。食品、飼料、肥料、化粧品原料といった用途で収益を立て、炭素価値は上乗せ分と位置づけるほうが堅実である。

加えて、水質や生き物への影響を継続して記録しておけば、制度が厳しくなった時にも対応しやすい。地元の漁協と早い段階で話し合い、漁場の使い方を共有しておくことも欠かせない。

広報では控えめな表現を選び、信頼を貯める

「CO2をこれだけ除去」と言い切る表現は、後から指摘されると傷が深い。「吸収に寄与する取り組み」「評価手法を第三者と検証中」といった慎重な言い回しのほうが、長期的には信頼につながる。環境訴求の誇張に対する監視は、今後さらに強まる見通しである。

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